アクション100case.010
チンゲン菜農家
大橋農園
アクション100 case.010は、安城市にあるチンゲン菜農家の「大橋農園」さんをご紹介します。
フレンチシェフから青梗菜農家への転身
「元フレンチシェフがチンゲン菜農家をされてる」という印象の強いお話を聞いて、安城市内の「大橋農園」さんを訪ねました。
日本のデンマークと呼ばれるにふさわしい広大な田畑が広がる中にあるビニールハウス畑を訪れると、代表の大橋正樹さん(以下、大橋さん)が出迎えてくださいました。
平野に広がる田畑の風景の中にある、大橋農園さんのビニールハウス。
ビニールハウスで我々を迎えてくださった、大橋農園代表の大橋正樹さん
大橋さんは、岡崎市や碧南市にあるホテルのフレンチシェフを8年ほど務めていましたが、当時きゅうり農家を営んでおられたご実家の事情もあり、ご実家に戻って農業を手伝うことになりました。
しかし2011年秋の台風の影響で、ビニールハウスが全て壊れてしまい、定植したばかりのきゅうりもダメになってしまう、という経験をします。
ビニールハウスの再建にはかなりの額が必要となるため、農業を辞めようとしましたが、1年間考えて、もう一度農業をやろうと一念発起。
1年を通して育てることができ、生育期間も短く、株そのものを収穫するため万が一病気などになってしまっても被害を最小限に抑えることができ、また苗場以外は暖房を必要としないというメリットから、チンゲン菜栽培をスタート。
以降、チンゲン菜を育て続けて12年を経た今、作付け面積は当時の4倍になり、従業員はご家族含めて10名以上になりました。
大橋農園さんのチンゲン菜畑。
訪れたのは夏真っ盛りの7月下旬でしたので、ビニールハウスの上部は空いており、風通しの良い状態です。
取材時は暑い日でしたが、凛と佇むチンゲン菜たちからは
甘さの中にキリッとした辛味が混じった香りが立ちのぼり、ハウスの中を包んでいました。
チンゲン菜で生計を立てるということ
種を蒔いてから苗に育つまで3週間、育った苗を定植して1ヶ月で収穫する、これが青梗菜の生育期間です。(寒い時期は成長が遅くなるため、合計で3ヶ月ほどかかる)
チンゲン菜は白菜の仲間で、根は浅く、スッと簡単に抜くことができます。根を切って整えて、コンテナに入れていく、という収穫作業を見せていただきながら、チンゲン菜農家のお仕事のお話を伺いました。
一連の収穫の流れ。手早いが、状態を確認しながらの丁寧な作業が続く。
黙々と続く収穫作業。手作業のため、長時間同じ姿勢での反復作業は大変そう。
暑い日でしたが、瑞々しさをたたえたチンゲン菜たち
写真左上、右上、左下、右下の順で大きく成長しています。ゾーン分けされており、奥から順に収穫していき
収穫したところに苗を定植をして育てる、というローテーションで年間を通じて育てています。
定植も手作業で行われるため、腰や関節を痛めがちな体力の必要な作業だそう。
こちらは苗床。3週間〜ほど育ててから定植します。安城付近で育てるチンゲン菜は、基本的に暖房を必要としませんが、苗床だけは成長スピードを適正にするため、寒い時期に暖房をつけます。
水やりは天井からスプリンクラーで行います。天井の黒い幕は、日差しが強すぎて葉が焼けてしまいそうな時や、作業時に人を守るために閉じるのだそう。
「自然相手の仕事。同じことをやっても同じ結果にはならないし、毎年1年生のようなもの。水やりひとつとっても、その日の温度や湿度、風の強さや向きからやり方を工夫します。毎日が勉強で、試行錯誤の連続。機械製品のように、絶対こうなる、というものがないから面白いです」と大橋さん。ですが、自然相手の仕事だからこその苦労やリスクもあります。
自然災害のリスクとは常に隣り合わせですが、ここ数年の異常気象の影響は大きいといいます。例えば、最近の夏の暑さは尋常ではなく、夏の収穫量が半減しているのだとか。チンゲン菜は、日中暑くて葉が元気を無くしても、朝晩に水を与えると張りを戻すのですが、最近の夏は、土の温度が夜になっても下がらず、水やりをしても水がお湯になったり、生育に妨げが出るほどの暑さで葉が焼けてしまったりするのだそうです。
また昨今の物価高も深刻な影を落としています。石油製品の高騰で農業に必要となる様々なプラスチック製品や、肥料、燃料などが軒並み高騰。そして市場に出るまでの間にかかる様々なコストも跳ね上がっていますが、実はお野菜の買取価格はほぼ変わっていないのです。経費と卸値のバランスが大きく崩れている現状で、ここ安城でも生計が立てられなくなり廃業する農家さんが激増している、と大橋さんは残念がります。
お野菜の中でも卸値が高いものもありますが、その値段がいつまで続くかはわからず、一方で現在育てている作物の卸値が低いからといってそれが高い作物に転換しても、市場に卸せるほど上手く育てるには数年を要すため、リスクが高いと言います。
大橋さんから赤裸々に伝えられた農家を取り巻く現状は、想像以上に厳しいものでした。
できる限りの策を投じてチャレンジしていく
そのような厳しい状況の中で、”何かを変えていかなくては生き残れない”と感じた大橋さんは、様々なチャレンジを始めました。
◎マスメディアの取材協力や、大企業との商品開発
冒頭でお話ししたように、大橋さんは元フレンチシェフ。その話題性のある肩書から、大企業からの商品開発協力や、テレビや新聞などのマスメディアの取材を受けることが多々あると言います。
「以前は前に出ることはあまり好きじゃなかったけれど、私がメディアに出たり、商品開発に携わることで、農家の現状を伝えたり、野菜の美味しさや、ここ安城のPRに繋がるといいなぁと思って、ここ4、5年は積極的にお引き受けするようになりました。
ほとんどがボランティアですし、直接売り上げに繋がることはあまりないですが、それでも続けていくと、縁が繋がったり、声をかけてもらうことも増えてきました。」
畑の一角にある物置に書かれた記念サインの数々。日本テレビの「満天⭐︎青空レストラン」では、ここ大橋農園さんでロケが行われただけでなく、大橋さんが考案した数々のチンゲン菜料理も振る舞われました。
その様子は、日本テレビのブログで見ることができます。
「満天⭐︎青空レストラン ロケブログ #642愛知県 ベビーチンゲン菜」
https://www.ntv.co.jp/aozora/articles/19137h8zssbuoooed8b9.html
左から、通常は出荷しないベビーチンゲン菜と安城産いちじくを使ったキムチ、八宝菜、担々麺
地元産の食材とコラボレートすることで新しい価値を生み出したり、チンゲン菜の美味しいメニューを生み出すことも、元料理人の大橋さんの得意とするところ。
マスメディアでの活躍で生まれた縁で、大企業の社員食堂で特別メニューが組まれたり、新たな商品開発のお話が寄せられたりするのだという。(写真:大橋さん提供)
◎加工品の開発
また、チンゲン菜のような葉物野菜は収穫してからの保存が長くはできないため、ロスを減らすために加工品の開発に着手。
餃子やソーセージ、アイスクリームなど、チンゲン菜を使った加工品にすることで、野菜嫌いなお子様も食べられるようになった、という声も届くようになりました。
チンゲン菜を使ったアイスクリーム。独自で開発したものと、安城農林高校とコラボレーションしたものがある
ファーマーズマーケット「でんまぁと安城」の冷凍食品コーナーで購入できます。
チンゲン菜を使ったソーセージとフランクフルト(写真左)、チンゲン菜を練り込んだ餃子(写真右)
こちらも、ファーマーズマーケット「でんまぁと」の冷凍食品コーナーで購入できる。
ソーセージやフランクフルトは、安城七夕まつりでも販売され、「安城の名物になれば嬉しい」と大橋さん。
八百芳商店のある交差点(和泉町上ノ切 交差点)にある餃子の自販機では、
24時間いつでもチンゲン菜餃子(冷凍)を購入することができます。
この餃子が人気で、「ここ2年くらい、この餃子しか食べていない」という声も聞かれる。
◎教育の場への協力
「昨日も小学生がきて、夏休みの自由研究で取材を受けました」と大橋さん。
「中学校の修学旅行で都会でチンゲン菜を売る体験をする企画もありましたね。そういったアイディア出しや協力も惜しみません」と続けます。
「そうするとね、学校給食でチンゲン菜が出ると『これ大橋さんのチンゲン菜だ!』と言う子がいるみたいなんです。私の農園のものじゃないかもしれないですが、そうやって連想してくれることが嬉しいよね」と顔をほころばせる。
子どもだけでなく、大人に向けた収穫体験を旅行会社と検討したり、通常業務の他にも様々な関わり方をして、勢力的に活動されているのが印象的。
◎自社ブランディング
そして、「大橋農園」のブランディングの一環として、ロゴを作り、出荷製品にステッカーを貼ったり、のぼりを作ったりすることで、様々なシーンで「大橋農園」を思い出してもらうきっかけづくりにも力を入れています。
チンゲン菜をモチーフとした、大橋農園さんのロゴと大橋さん
チンゲン菜のパッケージはもちろんのこと、加工品にも添えられるステッカーが、アイキャッチになっている
◎もちろん、製品の品質向上への研究も怠らない
「うちの畑の土には、蟹殻や海藻、蠣殻を入れています。お鍋の出し汁をつくる感覚かな。調理している感覚で土を作っています。その影響かはわからないけれど、『大橋さんのチンゲン菜は美味しい!』と声をかけてもらえることもあって、嬉しいですね」と微笑む。
前述のステッカーが目に留まることもあり、「大橋農園のステッカーの商品を見つけると、全部買ってしまう」というファンもいらっしゃるそう。
味だけでなく、野菜へのミネラル含有率も期待できる土づくり。
また、農薬もできる限り少なくする努力も怠らないという。
美味しいものを食べて欲しいから
様々なリスクと対峙しながら農家としての仕事をして、さらに新しい挑戦へ労力や時間も惜しまない、その原動力はどこにあるのでしょうか。
「食は身体をつくる源じゃないですか。良いものを美味しく食べて欲しいし、少しでも健やかで幸せな時間を提供したい。もちろん家業を継ぐという目的もありましたが、その思いが転職する大きな原動力になったことは確かです。
それができるのが、食材をつくっている農家であり、元シェフという経験を活かして、それをさらに多くの人に届けることができると思います。
私にできることはできる限り協力したい。だから頑張ることができます。」
そう話す大橋さんは、これからの農業に想いを馳せます。
「先も話したように、農業を廃業する方が多いです。このままでは農業が衰退してしまう。
日本のデンマークと呼ばれる安城の農業を盛り上げて、地域の人の健康をこれからも支えていきたいし、若い人たちが積極的に継いでいける農業の仕組みをつくっていきたいです。」
「食は身体の源」には完全に同意です。消費者である私たちは、新鮮で美味しい地元のお野菜をいつまでもいただけるように、生産者さんを支えていきたいですね。
チンゲン菜が一番美味しい季節は、秋から冬にかけてだそうです。この冬、その旬の美味しさを感じながら、チンゲン菜料理を楽しみませんか。
チンゲン菜農家
大橋農園
〒444-1213 愛知県安城市東端町内
web https://ohashi.farm/ (online販売あり)
IG https://www.instagram.com/ohashi_farm/?hl=ja
冷凍餃子の自販機の場所
愛知県安城市和泉町上ノ切 交差点